クラブ イクスピアリは、2004年11月“洗練された大人のためのライブハウス”として浦安市舞浜に誕生した。
日本を代表するサックスプレーヤー渡辺貞夫を皮切りに、洋邦問わず様々なジャンルのアーチスト達が、毎夜質の高い熱演を繰り広げている。
ボーダレスなジャンルを扱うクラブとして唯一共通した同一性は、耳の肥えた大人が認めるパフォーマンス・クォリティの高さにこだわるという姿勢である。
パフォーマンスの質とは、ピュアな意味での“音楽としての価値”の高さということで、いま人気があるとか有名かどうかとは単純な相関性がない。
一口にパフォーマンスの価値が高いといっても、音楽とくにライブは文字通りパフォーマーが観客に音を楽しませるという要素以外に、パフォーマー自体の話題性や人間的魅力、新鮮さ/円熟味、また観客にとっての感じ方や思い出といった付加価値も重要だったりする。それら付加価値の感じ方の度合いは聴く人によって情報量や好みが大きく異なるため当然だが千差万別となる。
たとえばマスメディアによく取り上げられるジャンル(CDがよく売れる10〜20代向けが多い)の話題になるアーチストは音楽性とは別次元で付加価値をより多くの人々に提供することができる・・・つまりこのような付加価値の高さは結果として人気投票的な話に帰結してしまうことになりがちだ。
ライブハウスを運営維持させていくための早道は、今現在人気のある特定ジャンルにフォーカスしていって、その分野で高い付加価値を誇るパフォーマーに出演してもらうことだが、あえてそのアンチテーゼとして、ジャンルや国々を特定せずに絶対的なパフォーマンス・クォリティを大きな物指しとして、出演者をセレクトしていくというスタンスを、ストイックにとりつづけている場所が、クラブ イクスピアリと言えよう。
良質な音楽は、国やジャンルを越えるだけでなく話題性や人気といった数の理屈をも飛越えた存在として、つねに世に提示されるべきではないか・・クラブイクスピアリからはそんな信念に近いものが伝わってくる。

さて“音楽ジャンル”は聴き手側が種類を区別しやすいように後からネーミングしたものだが、世界的なメインストリームである欧米発のポピュラー音楽では、その歴史のなかから各ジャンルが綿々と繋がっていて、ひとつひとつが派生したり融合してできたものと解釈されている。
もちろんアジアや中南米を始め、各地の土着性が高い音楽ジャンルも、音楽情報のグローバル化により世界において広く認識されるようになったが、これらも欧米の音楽の影響を受け、また相互的にMIXしながら、世界のミュージックシーン全体のなかで様々なジャンルに区分されるようになっていった。
そもそも現在の欧米の音楽界を支えている様々なタイプの音楽は、大きくいえばアメリカ南部においてヨーロッパからの移民で入植した一般大衆や、奴隷として連れて来られたアフリカ系の黒人達のワーク・ソングや、収穫祭における一種のパーティ・ソングをルーツにしているといえる。
黒人達の教会での魂の賛美歌だったゴスペル(Gospel music)と、ワーク・ソングの典型だったブルース(Blues)から派生してリズム&ブルース( R&B )が生まれ、それが都会的にソフィスティケイトされていきながらソウル(Soul)・ミュージックに進化し、やがてはブラック・コンテンポラリー(Black contemporary)と呼ばれるジャンルに変わっていく。一方米国南部出身のジェームスブラウンはソウルをダンスミュージックのリズムに昇華させファンク(Funk)を確立した。
ジャズ(Jazz)もまた、アフリカと西洋の土着音楽の組み合わせで進化した音楽である。ブルースの要素を多分に含み、賛美歌やヨーロッパの軍隊音楽にもルーツ要素があるといわれている。ニューオリンズの黒人たちの演奏から始まり次々と新しいスタイルが生み出され、世界共通の音楽芸術表現として広まっていった。
リズム&ブルースとジャズの影響から、60年代にはカリブ海の島国ジャマイカでスカのリズムが生まれ、よりゆったりとしたテンポのレゲエ(Reggae)に発展していく。
ボサノバ(Bossa nova)は50年代にブラジルで生まれたラテン音楽の一種だが、それ以前にブラジルではアフリカ系移民の打楽器を使ったサンバ(Samba)、アルゼンチンではスペイン・イタリアからの移民が生み出したタンゴ(Tango)などがあり、本質的にはヨーロッパのラテン語圏の音楽とアフリカ音楽の要素が混ざり合って中南米オリジナルのラテン・ミュージック(Latin music)が確立されていったとみなされている。70年代にはキューバのダンス音楽にジャズ・ソウルの要素が加わってサルサ(Salsa)が広まっていった。
アメリカでは50年代、黒人の音楽に強い憧れをもっていた白人達が中心となってロックンロール(Rock'n roll)が生まれる。イギリスではリズム&ブルースやロックンロールに影響を受けた若者たちが主導してマージー・ビーツが生まれ、60年代にはビートルズやローリング・ストーンズが誕生、やがてはブリティッシュ・ロック(British rock)へと昇華していく。

カントリーやフォークは、ロックンロールからの影響を受けてアメリカン・ロック(American rock)へと進化していくことになるわけだが、60年代末から70年代にかけておこった、サイケデリックの波やヒッピー文化の隆盛は、ロックに劇的な自由化をもたらし、ありとあらゆる音楽との融合によって新しいロックが次々と生まれていった。
ジャズやクラシックと結びついたロックはプログレッシヴ・ロック(Progressive rock)と呼ばれ、ロックに自由な発想をもたらしたし、ボブ・ディランがエレキ・ギターをもったことに象徴されるフォークとロックの結びつきは、キャロル・キングなどのアコースティック(Acoustic)なシンガー・ソングライターにロックの場を与え、やがてはウェスト・コースト・ロック(West Coast rock)に発展、イーグルス等を生み出すに至る。
さらに肥大化を続けるロックは、70年代後半にはジャズと融合することによって、都会的なムードをもったアダルト・コンテンポラリー、通称AOR(Adult Oriented Rock)が誕生するが、この動きは、ジャズ界ではライト感覚でポップな音楽という市場の欲求から、クロスオーバー(Crossover)/フュージョン(Fusion)の一大ムーヴメントを生むことになる。この系譜の中からスムース・ジャズ(Smooth jazz)やクワイエット・ストームも生まれていく。
さて、進化を続けたロックは、様々なジャンルとの複合体となり複雑になる過程で、本来もっていたアウトロー的なエネルギーを失っていく。そんな動きをリセットしたのがパンク(Punk)の登場。それまでのロックのありようをいったん全て否定するところから始まったパンク・ムーヴメントは、やがてニュー・ウェイヴ(New Wave)と呼ばれるUK発の大きなうねりとなって世界中のロックに影響を及ぼしていくことになる。
80年代にはMTVの出現などでロックがビッグ・ビジネスになり、売れる音楽に変貌していくと、カウンター・カルチャーとしてストリートから様々な新しい息吹が生まれ、相互に影響しあっていくことになる。
ヒップホップ(Hip Hop)・カルチャーからはラップやスクラッチといった技法が生まれ、やがてはロックやジャズもその技法を取り入れるに至る。シアトルではグランジ(Grunge)という思想が生まれ、より根源的なロックへの回帰が叫ばれるようになるなど、売れすぎるロックへの反発も定期的に起こった。
一方80年代の終わり頃ロンドンのクラブシーンからは70年代のファンキーなソウル・ジャズへの回帰からアシッドジャズ(Acid jazz)が発生した。埋もれていたグルーヴィーな楽曲を再評価する動きをレアグルーヴと呼ぶ。
さらに同じくソウルやファンクをベースにラテン音楽のリズムを融合させて、同じメロディを繰り返すクラブDJのプレイからハウス(House music)が広まり、テクノ(Techno)やトランスといったビートを強調するダンスミュージックと共にクラブ・ミュージック(Club music)と総称され今日に至る。
また現在R&Bと謳われるものは、昔のリズム&ブルースに比べポップスやクラブ寄りのサウンドを取り入れた主に女性シンガーのカテゴリーである。当時は黒人歌手のことを指していたが、現在は白人やアジア系のアーティストでもR&Bとされる点も異なる。
通信技術の発達や、メディアの進化などで世界はどんどん狭くなり、世界中に散らばるあらゆる音楽が無理なく影響しあう時代に突入した現在、アジアやアフリカ、あるいは中南米などの音楽がリアル・タイムで入ってくるようになり、それが相互に融合しあって新しい音楽が次々と生まれている。
今やポピュラーミュージックはまさに“ガンボ”(ごった煮のスープ)の味わいになっている。
アーティストがある特定の音楽ジャンルで括られる時代は、もはや終わりつつあると
言えるかもしれない。
(ラジオ音楽番組プロデューサー 村上太一 + bayfm web事業部)